中島歯科クリニック

中島歯科クリニックは、地域医療に貢献して都会との地域医療格差を無くすために、新しい歯科治療を提供する歯科医院です。

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〒386-1323 長野県上田市本郷604-2

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松代城(海津城)

2月もそろそろ終盤になってまいりまして

信州上田、まだまだ寒さはありますが、

陽射しが日に日に春の気配を感じる今日この頃です。

大河ドラマ『真田丸』も、あれよあれよと話が進み・・・。

見ていらっしゃる方はご存知でしょうけれども、

すでに武田勝頼も織田信長も穴山梅雪も滝川一益も姿を消してしまいました。

「え?」という感じのあっという間の展開ですが、

当時は現代のようにテレビもラジオもスマホもパソコンもなかったわけですから

詳しい情報を得ることもままならなかったわけで・・・。

しかも、真田家の話ですから、それらの有名な歴史上の人物のことは

すべて、あっさりと過ぎていくのが当たり前で・・・。

それにしても、信長が死んで2週間後ぐらいには北条軍が攻めてきて

さらに、上杉軍だ〜徳川軍だ〜と6月、7月、8月〜

あの手この手であちこちの軍勢が信濃に向かってくるわけですから、

その中にあった当時の真田家や信濃の人々はさぞ大変だっただろうな・・・と思います。

 

さて、今日のお題の『松代城』(海津城)〜。

院長&副院長、2月中旬、松代に行ってまいりました。

まずは「真田宝物館」。

真田家のいろいろな資料が展示されています。

真田昌幸のものと伝わる有名な甲冑

→「昇梯子の具足(のぼりばしごのぐそく)」

(『真田丸』でも、草刈正雄さん演じる真田昌幸の後ろに

胸のところに梯子が描かれている鎧が置かれていますが、あの鎧です〜☆)

真田信幸や真田信繁の手紙なども数多く展示されています。

そして、その後、「松代城」へ。

『真田丸』のオープニングで出てくる門をくぐって、中に入り・・・。

真田信幸が上田から移されて、松代10万石を治めた城・・・。

真田信幸も、当時、きっと感慨深く思ったであろう『海津城』です。

松代城は海津城と呼ばれていた城で、

あの有名な武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いに出てくる城です。

松代城跡から、ぐるりと眺められる四方の山々、川中島方面、妻女山、千曲川・・・。

「この信濃の山々や風景は、ずっと変わらず我々を眺めている。

私はこの風景がとても好きです。信濃はとてもいいところです。」

『真田丸』で真田信繁役の堺雅人さんが、しみじみとそう言っていましたが

この風景を見ていた信玄も、真田家の人々も、この城に来た他の武将たちも

その当時、どんなことを思ったり考えたりしていたのだろう〜と

しみじみとその風景を見ながら昔々に想いを馳せるひとときでした。

 

 

 

 

砥石城(戸石城)〜!!

2016年になりました。今年も宜しくお願いいたします。

・・・と新年のご挨拶をしたばかりと思っておりましたら

早や2月〜。

皆様におかれましては如何お過ごしでしょうか?

2月になってしまいましたが、1月のある日のことを書かせていただきます。

 

それは、1月11日(成人の日)のこと〜。

前日にNHK大河ドラマ『真田丸』の第1回目の放送があり

歴史好きな院長&副院長は楽しく見て、さあ、その次の日のことです。

お正月からポカポカ陽気が続いてお天気の良かった今年初め。

この2016年1月11日も朝からとても良いお天気でした。

ふと、「真田へ美味しいお蕎麦を食べに行こう!」ということになり

その後、「昨日のドラマで台詞に出てきた『砥石城』に行ってみたい!!」。

副院長は、それまで『砥石城(戸石城)跡』に一度も行ったことがなかったのです。

「何もない、ただの山なんだけれどなあ〜」と、笑って言う院長・・・。

しかしながら、副院長たっての希望で『砥石城跡ツアー』突然の敢行〜!!

昔、登ったことがあり、日頃から脚力に自信のある院長は

ひょいひょいと登っていきましたが、一方、副院長は・・・。

途中までは『なんだ、大したことないじゃないか〜』という山なのですが

それは、砥石城と米山城の分岐点までのことでした・・・。」

(後半へと続く〜)

 

砥石城・・・上田市の北側に位置する真田一族発祥の地である真田町に

入る手前にあった城で、砥石城のすぐ西側には米山城があった。

信濃の豪族の村上義清が築城した城で、

武田信玄が大敗北をしたという「砥石崩れ」で有名〜。

その堅固な城を、真田信繁(幸村)の祖父にあたる真田幸隆が

あっという間に攻略して、真田家が手に入れた城。

 

さてさて、この砥石城と米山城の分岐という地点から、

急勾配の山道を15分ほど上がると砥石城跡〜とのこと。

15分・・・大したことないじゃないか〜と思った方や、

歴史に興味のある方は、ぜひぜひ登ってみてください。

何度、途中で登るのをやめようと思い、足を止め、

呼吸を整えるために深呼吸を繰り返し、

手首に手を当てて何度も脈を測ったりしたことか・・・。

しかし、しかし〜『真田信幸や信繁の見た風景をこの目で絶対に見たい!!』

今年初めての強い強い欲望がぐるぐると渦を巻き、頭も体も支配して、

よろよろし始めた足をどうにか一歩一歩と前に歩ませ・・・・・・。

さあ、ついに砥石城の頂上へ!!「やったあ〜!!登りきったあ〜!」

 

「・・・。ん?何?こんなに狭いの?」という、しかしながら狭い狭い頂上〜。

『あれれ〜ちょっと拍子抜けな感じかも・・・』。

しかし、院長や登ってきていた方々全員が「ものすごい景色だなあ〜」と

木々の間から見える景色をじい〜っと見つめている姿が目に入り・・・。

やっと息を整え、その景色を見たとき、

なるほど、それまでの苦労や疲労感は全て吹き飛びました。

真田信幸・信繁兄弟がその昔に見たであろう

目の前に広がる信州上田小県の素晴らしい景色。

千曲川や現在の上田駅の場所、上田城はもちろん、

小諸の方から押し寄せてきた徳川軍の旗頭もすぐに見て取れたであろう東側。

西は遠く川中島のあたりまで見通せたと思われ・・・。

そして、側にいた方が「今日は、ほら、あそこに富士山も見えるよ」と

丁寧に教えてくださり・・・。

大きくそびえて見える蓼科山のすぐわきに富士山の頭が確かに見えて・・・。

新年早々、上田から初めて見ることのできた富士山〜。

この出会いに思わず手を合わせて拝みました。

 

400年以上前、信州上田の地ををかけめぐっていた真田一族の人々は

どんな思いで、ここ砥石城からこの風景を眺めていたのだろう〜と、

しみじみとしみじみと遠い昔に思いを馳せる1日となりました。

 

 

今年も宜しくお願い申し上げます

2016年(平成28年)

あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い申し上げます。

 

昨年10月、ある神社にお参りに行ったときのこと・・・。

その神社の神使が猿ということで、

「勝」(まさる)というお守りや

「魔が去る」=「まさる」というお守りなどがあり

なるほどなあ〜と思いました。

今年は申(さる)年。

いろいろなことに『勝(まさる)』年であり、

1年間、笑顔でいられる『魔の去る(まさる)』年であってほしいと思います。

そして、猿という字は音読みで『えん』。

皆様にとりまして、素敵な『縁(えん)』がたくさんある年でありますように。

 

素敵な未(ひつじ)たち〜

2015年(平成27年)の初め

「『未が来る』と書いて・・・『未来』!

どうぞ素敵な未(ひつじ)が、たくさん来る1年となりますように〜」

と、書きましたのもすでに遠い昔・・・。

残しますところ、今年(未年)もあとわずかとなりました。

今年1年は、皆様にとりましてどのような1年でしたか?

素敵な未たちがたくさんたくさん押し寄せてきましたでしょうか?

たくさんではないけれど、とっても素晴らしい未が1匹だけ来たよ!という人もいるでしょうね。

身の回りでも日本や世界中でも、今年1年、さまざまなニュースや出来事がありましたが

あなたにとって今年出会った素敵な未をぜひ思い出してみてください。

ふわふわとしたあたたかな気持ちにさせてくれた素敵な素敵な未たち・・・

きっと誰にとりましてもたくさんいると思います。

素敵な素晴らしい未たちに心からの感謝を・・・。

 

今年のブログは今日で最後です。

1年間、ありがとうございました。

来年初頭にお会いいたしますのを楽しみに〜。

あ! そうそう・・・

ちなみに、ここ信州上田は来年の大河ドラマ『真田丸』に向かって

まっしぐら〜という状態です。

あとわずかの今年ですが、まだまだ素敵な未が来るかもしれません。

さまざまな出会いは突然ですから・・・。

そして除夜の鐘〜。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

 

 

 

 

 

 

13月〜?!

2015年12月となりました。

信州上田、今日は朝から快晴です。

朝晩の冷え込みは日に日に冬本番へまっしぐらという感じですが

日中の陽射しの暖かさや澄み切った青空に心が癒される今日この頃です。

四方の山々の頭は白くなり始め、

東側に見える浅間山も、相変わらずもくもくと煙を漂わせながら白い姿になってきています。

 

12月になると毎年思い出すのが、遠い昔の祖母のひとこと。

「あ〜、忙しい、忙しい。13月がある人は、いいわねえ〜(笑)」

私が中学生か高校生の頃だったと思うのですが、

これを聞いた私は『きょとん?』という状態になり・・・。

「おばあちゃん、何? 13月ってどういうこと?」と聞きましたが

祖母は笑うばかりで答えてくれませんでした。

毎年12月になると、その祖母の笑顔と「忙しい忙しい」と言いながら

ちょこちょこと動き回っていた姿を思い出します。

 

今年も残しますところ、あと1ヶ月。

皆様、何かと気忙しい毎日を過ごされることも多くなるとは思いますが、

13月があるような心持ちで日々を過ごしていただきたいと思います。